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徒然と書くさ

米国在住の若輩者による備忘録、雑記です。   ※映画の備忘録記事はネタバレに注意

ファッション好きだと公言している人でお洒落な人はいない

 

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SNSのプロフィール欄や実生活で、「趣味はファッション」だとか「ショッピング(服)が好き」とファッション好きであることを公言している人を見かける度に己の理論の信憑性が増していくと感じている。

その理論とはズバリ、タイトルにもある「ファッション好きだと公言している人でお洒落な人はいない」だ。暴論に聞こえるかもしれないが、これから説明することは個人的には意外と理にかなっていると思っている。経験上、そういう人たちがお洒落だったことが一度もない。

俺自身、別にファッションに詳しいわけでも業界人でもなんでもないし、誰にでも自分のファッション観というものがあることを考えると「お洒落」という概念や定義も難しい。飽くまでこの記事は雑記だと思ってもらって構わない。

 

まずハッキリさせておきたいのは、ファッションに興味がある人やファッションが好きな人に難癖をつけたいわけではないということ。ポイントは、SNSや実生活において自発的にファッション好きアピールをしている一般人は高確率でお洒落じゃない(ダサい)場合が多いということ。有名人や業界人は一般人とは色々と事情が違うので、いくらファッション好きを公言していようがアピールしていようがこの理論には当てはまらない。もう一つ言うと、例えば、ビンテージジーンズが好きで集めてますと自発的に言っている人も必ずしもこの理論には当てはまらない。何故かと言うと、ビンテージジーンズは万人に好まれているわけではないからだ。「共通の趣味を持つ人を見つけたい」「自分のアイデンティティーやスタイルを自己紹介(趣味)の一部として発信しているだけ」と素直な理由が考えられる。つまり、同じアピールでも単純にファッション好きを公言している人とは本質が違う。

 

f:id:kfc22:20170124223203p:plain  出典:http://vip.blomaga.jp/articles/35569.html

 

 

本題に入ろう。ファッションを一括りにして好きだと言っている人の何が問題なのか。

まず考えとかなければならないのが、ファッションに関心があったりお洒落なことは「良い」のか「悪い」のか。言うまでもなく一般的には「良い印象」だ。このことから、曲解だと言われることを覚悟で言えば、ファッション好きをわざわざ公言している人は「自分はお洒落でイケている人間」だということを周りにアピールしていると推測できる。意識的か無意識かはあまり重要ではなくて、ポイントはこういう人は自己承認欲求が強い。承認欲求があるのは人間として当たり前なので決して悪いことではないが、あまりにも強いのは問題だし、承認欲求が強い=お洒落ではない。ビンテージジーンズの例と同じように、ファッション好きを公言している人も「共通の趣味を持つ人を見つけたい」「自分のアイデンティティーやスタイルを自己紹介(趣味)の一部として発信しているだけ」ではないのかと考える人もいるだろう。しかし、俺から言わせれば大人がある程度服装に関心を持ち気を遣うのは当たり前であるし、ファッションが好きという共通項を見つけたからといって好きなジャンルが同じで話に花が咲くとは限らない。以上の理由から、わざわざファッション好きをアピールしている人の深層心理には、自分を良く見せることによって承認欲求を満たしている傾向があると考えるのが自然であると思っている。承認欲求の為のファッションがお洒落なわけがない。

ちなみに承認欲求が強い人のネガティブな特徴として挙げられるのは、

「すぐに相手のせいにする」「求めていないのに自分語りを始める」「相手の話は聞かないくせに同意ばかり求める」「目立ちたがり」「寂しがり屋」など

 

 

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出典:minimarisuto.jp

 

次に考えられることは、彼らはファッション好きっていうか流行好きなだけということ。ファッション好きを公言している人の多くが雑誌をこまめにチェックしたり、流行色やトレンドになっているアイテムの情報収集に忙しない。流行に敏感でそれを取り入れるのは悪いことではないが、流行を取り入れること=お洒落ではない。そもそも、流行(トレンド)が最近どのように生まれているのかを考えてもらいたい。新作水着の撮影が前年の冬には撮影を終えているだとか、今年は「◯◯が流行色です」とその年が始まったばかりにも関わらずトレンドが決められている。売り手側の営業戦略という側面が大きい。有名人が身につけているものから火がつくケースもあるが、同じこと。その人が身につけているからといって必ずしもお洒落ではないし、そもそも人によって似合うものと似合わないものがある。そして、これは先ほどの承認欲求の話にも繋がるが、「流行に敏感でイケている自分」に浸っている、もしくは周りにアピールしているケースが多い。このタイプの人は流行を着ているという印象しか受けない。せっかく自分を表現できる一番身近なツールの一つであるファッション(洋服に限らず靴や髪形など)を着こなせずに逆に着られてしまっている。流行好きな人がお洒落なわけがない。

 

ここで、ファッションの概念を変えたとも言われているシャネルの創始者、ココ・シャネルの名言を紹介したい。

 

ー流行とは時代遅れになるものよ。

ー流行は色褪せるけど、スタイルだけは不変なの。

ー私は流行をつくっているのではない。スタイルをつくっているの。

 

流行を追う、いわゆるミーハーの人を咎めるつもりはない。一般的にはその方が好印象でモテるだろうし、可もなく不可もなくでやり過ごせるだろうから。自分が好きでやっているだけ(自己満足)だからいいじゃんと言われればそれまでだ。ただ、自分の容姿や体型、スタイルを加味せずに流行をただただ取り入れることは本当の意味でお洒落とは言えないだろう。それに気付かずにファッション好きを公言することで自分がミーハーであることを暗喩してしまっている人はさらに救いようがない。自分のスタイルに流行をサラッと自然に取り入れるのはお洒落だと思う。

 

 

終わりに。

自分は純粋にファッションが好きなだけだし、特に深い意味があって公言しているわけじゃない。こんな言われようはあんまりだ!と思われた方、素直に申し訳ない。俺自身も、「ファッション好きを公言している人は上記に当てはまっていてお洒落ではない可能性がとてもとても高い」と思っているだけで、必ずしも全員に当てはまっているとはさすがに思っていない。俺からみてお洒落だと思う俺の知人全員がもれなく、実際誰もファッション好きだということを公言していないという経験則から言わせてもらっているだけだ。俺のお洒落知人たちは、それぞれにそれぞれのスタイルやファッション観があり、ファッションを自分の生活の一部のものとして綺麗に昇華している。そのため、ファッションがどうこうとわざわざ公言したりアピールするという発想が彼らにはないのだ。一人で黙々と自分が好きそうな新しいアイテムをネット上で探していたり、ふと立ち寄った店で、己の培ってきた感覚でパパッと買い物を済ませたりする。

お洒落な人にとってこの考え方は大前提だと思う。そして、サイズ感や配色、バランス、ブランド、素材の質、流行など、様々な要素とセンスによってお洒落度が変わってくる。もちろん、表現力という意味では土台になるその人の中身も重要だと思うし、もっと言えば容姿の良し悪しやTPO、身の丈にあった格好も忘れてはいけない。

 

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出典:nyaasokuvip.net

 

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出典:fashion2ch.dreamlog.jp

 

「本当にお洒落な人」を自分なりの角度から焦点を絞って考察してみただけで、繰り返しになるが、流行を追うのも、量産型で無難にやり過ごすのも、私ファッション好きです感を出すのもいいと思う。ただ、本物のお洒落さんではないよねと俺は思うというだけ。